ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団の名古屋公演を見てきました。
栄の芸術劇場に着いたら、リーゼントに革ジャン姿の中高年が多数いらっしゃって、クラシックなのになんとカジュアルな!と思いましたが、隣の大ホールで行われた長渕剛コンサートのお客様だったようです。
さて・・・
クラシック音楽に青春の日々を捧げた私ですが、生来の引きこもり体質もあって、コンサートに行くモチベーションが高くなく、ましてや世界の一流オーケストラなぞは、滅多には行けません。もちろんコンセルトヘボウを生で聴くのは生まれて初めてです。
感想ですが、非常に楽しかった。天邪鬼な私ですので、見る前は、どこからケチをつけてやろうかとビンビンに待ち構えて聴いておりましたが、結果嬉しい返り討ちに遭い、脳天を突き刺される快感を味わって帰ってきました。
何より、指揮者のパーヴォ・ヤルヴィが絶好調だったのが良かった。
オランダはアムステルダムを本拠とするコンセルトヘボウオーケストラは世界のオーケストラ(以下「オケ」と略)の中でも、超がつく一流の楽団である事は周知のとおりですが、実演に触れて、改めて本当に上手いなあと感心しきりでした。いや、もう本当に上手すぎて憎たらしくなるくらいです。まるで年代物のワインのようなまろやかで上質なコクを持ちながら、若々しいヤルヴィの繰り出す様々な音楽上の「仕掛け」とがっぷり四つを組み、キビキビとキレのある音楽を奏でていました、剛柔併せ持つとはまさにこの事。
タンホイザー序曲のラスト、全合奏(トゥッティ)中トロンボーンが大見得を切る場面で、合いの手のホルンをトロンボーンの上に乗っけてしまうなんざ、鳥肌モノでした。下手なオケでは、トロンボーンを覆い隠すようにホルンを乗せていくなんて絶対不可能です。仮に演れても汚くなるだけ。それを易々とやってのけてしまうんだな。魔法か?
メインであるブラームスの第4交響曲は、通常、楽譜の速度指示より遅めのテンポで奏される事が多い中で、この日は指示に近い、すなわちかなり速めの演奏でした。テンポ設定に不満はないものの、ヤルヴィが若い(と言っても56歳だけど)ためか、ブラームス晩年の音楽が持つ「枯れ感」は希薄でした。最初の3つの楽章はそのせいで、ちょっとだけ物足りなさを感じていましたが、第4楽章だけは例外で圧巻でした。前の第3楽章(Allegro giocoso)に垣間みえた重心の軽さが取れ、音楽が下に下に沈み込み、私の腹にぐいぐいと食い込んできます。楽譜上の速度指示は「Allegro energico e passionato」(日本語訳「速く、エネルギッシュかつ情熱的に」)で、まさに血沸き煮えたぎる音楽を要求しているのですが、案外この指示通りに演奏を繰り広げる指揮者は少なく、あの快刀乱麻なカルロス・クライバーさえ、この部分は幾分落ち着いたテンポできっちりとした演奏でした。今日のヤルヴィは、重みを失わずに、楽譜の指示通り、暴れまくるテンポ設定を維持し続けた訳で、理想的な演奏と言って良いんじゃないでしょうか?シャコンヌのテーマが教会音楽のような柔らかさで始まり、一気呵成、嵐のように過ぎ去ってゆくエンディングまで、心が踊りっぱなしでした。
ヤルヴィのアプローチの特徴か、オケの特質かは分からないですが、私にとって印象的だったのは、静寂(音楽用語で言う所の「パウゼ」)の美しさでした。その昔、作家の内田百閒と言う方に「ドーナツは穴が美味い」と言ったとかいうエピソードがありますが、上手いオケとは鳴らさない時が美しいオケの事ではないか?と思うに至ったのです。静寂を美しく響かせる(?)には、その直前、鳴っている音をいかに上手く減衰させてゆくかが重要な訳で、ヘタな三流オケは、音の出だし(アタック)にばかり神経が行き、減衰のアンサンブルにまで神経が行き届きません。ですので、静寂が美しく無いのです。この日の演奏で、私はパウゼの部分でハッとさせられる事が度々ありました。それは常にほんの一瞬でしたが、本当に惚れ惚れとするような静寂でした。
普段、クラシックコンサートで「アンコール」を用意する必要は特にない、と言うのが私の持論ですが、この日だけは、ブラームスの第4の後に、アンコールが聴けて大変にラッキーでした。それも2曲(ハンガリー舞曲第3番、第1番)。「第4」は確かに素晴らしかったのですが、上質な響きに、もう少しだけ包まれていたいと思っていた私にとって、この2曲はちょうど良い長さで、掛け替えのない時間でした。ロマの音楽であることを強調した起伏の激しいアプローチでしたが、ヤルヴィもオケもノリノリで、アンサンブルは一糸と乱れず、最後は「やってやったぞ」と言うドヤ顔感(実際にドヤ顔はしていません)がアリアリ。でもこんなに上手いのなら、ドヤ演奏もアリ。むしろ嬉しい。楽しい。でもちょっとだけ憎たらしい(笑)
最後に、このコンサート1番の「ウリ」であろうピアニスト、ラン・ランにも触れなくてはいけないでしょうか?たまたま彼の熱心なファンがこのページを見てしまったら誠に申し訳なく思うのですが、私は彼のアプローチを好みませんし、この日のベートーヴェンのコンチェルトもなんだか曲をこねくり回し過ぎて、肝心の骨格すら掴めない印象に終始しました。ヤルヴィもオケも彼にぴったりと寄り添っていて偉いなあと思いました。ただ以前ラジオで聴いたのとは違って、音色もタッチもきらびやかで美しく、弾き散らかすような雑味はさっぱりと消えていて、その点はいたく感心しました。以上です。
メモ
11月20日(水) @愛知県芸術劇場コンサートホール
ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団
指揮:パーヴォ・ヤルヴィ ピアノ:ラン・ラン
前半曲目:歌劇「タンホイザー」序曲(ワーグナー) / ピアノ協奏曲第2番変ロ長調作品19(ベートーヴェン)
前半アンコール:「アメリのワルツ」(ティルセン)※ピアノソロ
後半曲目:交響曲第4番ホ短調作品98(ブラームス)
後半アンコール:ハンガリー舞曲集より第3番ヘ長調、第1番ト短調(ブラームス編)